ジオ・パソロジーを越えて−

金森マユ写真展「定住とは何だろう:オーストラリア」

永田靖

大阪大学総合学術博物館・文学研究科

この度、大阪大学総合学術博物館にて金森マユ写真展「定住とは何だろう:オーストラリア」を開催できますことを嬉しく思います。この写真展は、大阪大学文学研究科が主催する「徴しの上を鳥が飛ぶ−文学研究科におけるアーツ・プラクシス人材育成プログラムⅢ」活動⑤「ジオ・パソロジーを越えて」の一環として開催されます。

このプログラムは、アート人材を育成する大阪大学としての社会人教育プログラムです。多くの受講生とともに、現代世界の様々な課題にアートを通して向き合いながら考察して行くものです。

その中のひとつの取組が「ジオ・パソロジーを越えて」です。これは私たち人間が暮らしている場所に取り憑かれ、引きつけられ、離れたつもりになっても離れられない一種の病を問題にしようとしたものです。そこには、場所の持つ規範やしきたりなどが強く働くこともあるでしょうし、逆に離れてしまった場所に対する郷愁にかられることもあるでしょう。あるいはその場所の人々の無邪気にも残酷な差別意識に苛まれることもあるはずです。そのような場所に囚われている病をどうにか越えて行くことはできないものでしょうか。

私たちは、そのことを、オーストラリアのシドニー在住の写真家の金森マユさんの仕事と触れあうことで考察しようとしてきました。この取組は2021年度から2022年度にかけての2年間の計画でした。

私が金森さんのお仕事を知ったのは、オーストラリアの日系移民の皆さんの墓地、それはオーストラリアの各所にあるのですが、その墓地を舞台にしたダンス・パフォーマンス「イン・リポーズ」の写真を見たことがきっかけです。このパフォーマンスは、2007年から始まった、箏の小田村さつきさんと、コンテンポラリー・ダンサーの浅野和歌子さんとのもので、日系移民の亡くなった方々への供養とその墓地を維持されている方々への感謝のパフォーマンスでした。箏とダンスのそのパフォーマンス、そしてそれを捉えた金森さんの写真は、日系移民の皆さんに関する歴史と記憶、過去と現在が集約的に、愛情と敬意を持って表現されていて、この「ジオ・パソロジー」を越えて行くきっかけになると思いました。私たちは当初はこのパフォーマンスを大阪で再演をと目論んでいたのですが、2021年にも、そして2022年度も、新型コロナウイルス感染のために、それは、とてもとても残念なことでしたが、断念せざるを得ませんでした。

その代わりに、昨年度には金森さんに、映像作品「あなたは私を蝶と間違えた」を完成して頂きました。それは本年度も、この展覧会場の隣のセミナー室にて上映しています。そしてこの度、金森さんの写真展を開催することになりました。

金森さんの仕事は日系移民の記憶と現在を写真におさめるばかりではなく、多岐にわたります。ですが、そこには「定住とは何か」という人にとって根本的な問いかけが通底しており、私たちの考察をいっそう遠くへと飛ばして下さるような刺激に満ちたものとなっています。

今回の写真展では、これまでの金森さんのその膨大なお仕事から、シドニー在住の写真家であるサンディー・エドワーズさんにキュレーションをお願いし、極めて緻密なレイアウト・プランで金森さんの世界を構成して下さいました。そして、これまたシドニー在住のデザイナー村岡稚恵さんのシャープで暖かなデザイン・コンセプトで、展示に関する様々なデザインをお願いし、今回のような美しい展覧会になりました。もちろん、どなたも大阪には一度も来られず、すべてシドニーから大阪に電送にて送るという、これもまたコロナ禍ゆえの展覧会でしたが、こちらでは京都在住の写真家名取響海之助さんの手際よい差配がなければ、このような見事な展覧会にはなりませんでした。またここではいちいちにはお名前を挙げられませんが、この展覧会のためにお力をお借りしたみなさまに、改めてお礼を申し上げたく存じます。

ここに展示された写真は厳選されたものばかりで、点数は必ずしも多くはありませんが、それらは雄弁に私たちに語りかけ、私たちのこの場所の病理学(ジオ・パソロジー)を越えて行く手立てとなるに違いありません。